店主酔言

書籍・映画・その他もろもろ日記

2006.2

 

 

 

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2月1日(水) 曇時々雪

 帰宅途上、ねこまの使いでLushへ。天然素材の石鹸屋さん、合成洗剤をすべて放逐した我が家では、髪から顔から体までの人間洗いアイテムとしてつとに愛用させていただいている。
 がしかし、この店を訪れるには毎度かなりの決心が必要だ。1個いっこはいい香りの石鹸が一抱えほどの塊で何種も、狭いスペースにみっしり詰まっているものだから、その匂いがすさまじいのだよな。下手をすると上のフロアにいてさえむんむんと香るありさま、ネットで「ラッ臭」と揶揄されるだけのことはある。他人様に自慢できるのが嗅覚だけみたいな人間には、だからここへ来るのは決死の深海ダイビングに近い。息を詰めて乙姫様か人魚姫かって店員さんから荷物を受け取り、急速浮上するのみだ。よし、本屋に到着、今日も生還したぞ!

 などと言い訳しらじらしく、瞬く間に石鹸の山と同じぐらいの本を抱えてレジへ。中でめぼしいところは2作。
 まず『エンジェルズ・フライト(マイクル・コナリー/著、古沢嘉通/訳、扶桑社)』、ハリー・ボッシュ・シリーズのミッシングリンク、単行本の絶版で失われていた作品のようやくの復活だ。トンネルの入り口と出口の様相は知っているものの、その闇へ飛び込むのが今から楽しみでならない。
 そしてこちらは帰宅するなり一気読みしてしまった『2001+5(星野之宣/著、双葉社)』。いささか古ぶるしい「スペース・オペラ」の薫り漂う物語群ではあるけれど、だからこそ語られる夢や想いが素直に胸に落ち頷ける心地がする。冒頭、『2001夜物語』のあの作品の続編なぞ、ありがちなオチと頭は考えつつ、孤独な機械の問いかける声無き声が記憶の底から響いてきて詮方なかった。今は宗像教授シリーズを追わせてもらっているけれど、またこういう遥か彼方の夢を語ってみてほしいなあ。
 それにしても、どちらも始めから探していたわけではなく、自ずと足が向いた棚でばったり出逢ったのは、やはり運命かはたまた物欲の女神の導き給うところか。文句を言う気はさらさら無いが、こういうのは加護なのか呪いなのか、だれか教えてくれませんか?


2月12日(日) 晴

 仕事の大波にのまれて日記も書けずに1週間。それでも通勤の友には恵まれ、キャシー・マロリー・シリーズの第6作『魔術師の夜(キャロル・オコンネル/著、務台夏子/訳、創元推理文庫)』上下巻を堪能。
 1作目で非業の死が語られた不世出の大魔術師、マックス・キャンドルの遺したトリックの再演が衆目の中で血塗られた幕切れを迎える、ケレンの利いた発端。事故か殺人かの疑いたちこめる中に数人の老マジシャンが登場、かれらの繰り出す言葉に幻惑されつつ、謎解きはやがて世界大戦の暗黒へと遡ってゆく。現代社会に生み出された社会病質者であり闇の底を知っているわれらがマロリーだが、修羅場というも愚かな戦争の地獄を見て年期の入った老魔術師たちの前には形無し、軽々と手玉に取られている。わけても、以前から名前だけは登場していたマラカイには、子供のようにあしらわれ場を食われ、地団太踏んで怒らんばかりになっていて妙に可愛らしい。いや、もちろん最後の最後には、彼女ならではの研ぎ澄ました刃が振り下ろされるのだけれど。
 一歩間違うと「どこの少女漫画?」になりそうな道具立てを鮮やかに捌ききってみごとなイリュージョンであった。闇ざれて血まみれで硝煙の臭いに縁取られ、至上の愛に満たされて。

 で、読み終えるなり魔術師たちにまつわる記憶の曖昧な部分が気になり、1作目へ駆け戻って再度読み返してしまった。うーむ面白いわやっぱ。もう一度本作を読み込んでみるか、よしやループから逃れられなくなっても?


2月14日(火) 曇のち雨

 世間様ではチョコレートが飛び交う日だが、男女比がほぼ5:2の我が社ではそんな風習は息絶えて久しい。流石に何も無くては淋しかろうと、袋入りのチョコボールを買ってきて各部署に置いてみたところ、出所を承知のうえで結構な勢いで減っていく。うう、いじらしいのう。単に我が社の若者たちが欠食児童だってだけかも知れないが。

 ちなみに例年の如く、ねこまからは何も無し。淋しいので月餅をふたつほど求めて帰った。やはり月餅は中村屋に限りますな〜。あと餡まん肉まんも。ってバレンタインからは何光年か離れた気がしますが、まあ例年からみてもこんなもんでしょう。
 あ、過去数年、この日には日記さえ書いてないや。

 忙しい忙しいといいつつ、深夜、録りためた映画を鑑賞。
 『エイリアン 4
 ホラーとしての『エイリアン』は1作目のみ、2は美少女&ロボット好き+ハッピーエンド至上主義者のツボを突いたスペオペと認識してた僕にとって、3作目は脳内で抹消されたシロモノであった。つーかニュート返せ!という、一種怨嗟の対象である。当然ながら本作はその延長として、全く観る気が無かったんだが…これが結構、面白い。
 エイリアンと闘って死を選んだリプリーが、4度目に眠りから覚めたときにはその敵と融合してしまっていたという皮肉。加えて、喪われた被保護者=子供(1作目では猫、2作目でニュート)に、アッチ側で生まれた融合の産物が強引に成り代わろうとするに至っては、もう何の冗談なんだか。しかし結局そこへ、シリーズのスタート時にエイリアンを持ち込ませたアンドロイドが入ってくるあたり、過去のファクターを上手に拾っている。
 んでもって、ウィノナ・ライダー演じるコールが可愛いんだこれが!わりと古風な美貌が、少年のような衣装と短い髪にマッチして、えもいわれぬ雰囲気。あと、ついでと言っちゃナンだが、『C.S.I』でウォリックを演じているゲイリー・ドゥーダンがドレッドヘアの武器マニアで出ていて、なかなかカッコいい。
 ただ、オチはどうにも座りが悪い。確かに当面の危機は排除されたワケだけれど、それは確実にそこに在るのだし、何より生存者は誰も眼下のその星には降り立つ訳にいかないのじゃないか、と。ひょっとしたら5作目で対応予定ですか?


2月18日(土) 曇

 『猫は七面鳥とおしゃべりする(リリアン・J・ブラウン/著、羽田詩津子/訳、ハヤカワ・ミステリ文庫)』読了。以前からミステリではなくなっていた本シリーズだが、本作では既に小説でさえないような気が。シナプシスに軽〜く肉付けしただけで供されており、キャラクターの日常メモというのがせいぜい、それにしてさえ面白みが無い。シリーズ初期の読み手を引き込む謎の構成や生きいきした人物像、それらを繋ぐ軽妙な語りを覚えているだけに寂しいものがある。次回に期待したいところだが著者も高齢、もう無理なのかなあ。


2月19日(日) 晴

 かねてオーダーしておいたHOT TOYS製スカー・プレデターが到着。映画『エイリアンVSプレデター』のキャラだが、実は未だ観てない。原作のアメコミに登場する「牙折れ」が好きなんで、そのイメージで購入したものだ。送料込みで約1万8千円、物欲神からの痛烈な一撃である。
 プレデターといえば1作目の「得体の知れない、ただ殺意のみの存在」でなくてはという人もいるだろうが、僕にとっては2作目とこのコミックスでの描写が非常に好み。一応はヒューマノイドだが価値観を闘いにのみ置く存在、ゆえにコミュニケートもほぼ不可能というのが妙にツボなのだ。宇宙船だの生体ステルスだの、超がつくほど高度なテクノロジーを持ってるくせに、ガチで戦った相手が勝たない限り存在を認めないってのが、大昔の青春映画みたいな頭の悪さで可愛いじゃないか。まあ、夕陽の中の殴りあいじゃなくて、一瞬も気の抜けないルール無用の殺し合いだけどな。

 さて本モデル、まずはパッケージのサイズに仰天。大きい。とにかくデカい。1体しか入ってないのにこのサイズはどうよ。ドラゴン社のドイツ歩兵2体セット(タンクハンターね)より分厚くて高さもある。いったいどんな梱包なんだ?と首をひねりつつ開封した。
 ボディとアーマーが別々で、おまけにブリスターが二重構造。都合4枚の塩化ビニールの間に装備一式が収納されている。こりゃ厚みも出るわ。
 で、まずアーマーと武器類のボリュームにうーむと唸る。造形はもちろん、組み込まれたギミックが細かいのなんの。右腕のトゲトゲ・ブレード(正式名称不明)は引き出して伸ばせるし、左肩のキャノンも発射モードへ動く。両側に刃のある手槍も2段階の伸張が可能。そしてどれもが写真で見るよりずっと重厚な色合いで、丁寧に塗られている。
 本体のほうも負けず劣らず力が入ってる。地球人より一回りでっかい奴らを再現すべく用意された専用素体はウロコ状のモールドがみっしり。手とヘッドはソフビで、手のほうは武器が持たせやすい柔らかさの指曲げ型と自由にポーズがつけられるペンタブルハンドの2セットつき、頭はあの「落ち武者ドレッド」がきっちり再現されている。
 さて、いよいよ組み立て。残念ながらこれは手放しでワーイとはいかなかった。
 関節、特に腕の嵌め込み部分がシブい。なかなか入っていかないけれど、モノがプラスチックなものだから力押ししたときの破損が怖くて、休みやすみじりじり格闘せざるを得ずに小一時間、ようやくカチリと嵌ってくれた。確かに簡単に抜けては困るモノだけど、ここまで難易度上げる必要があるのだろうか。つか、ここは別にバラしてなくても困らない部分だと思うのだ、先に組んでおいてくれても良かったのでは?
 ここで一息つけるかというとさにあらず、次はメッシュの肌着(?)の着せ付け。これがまた、単色の木綿糸でできた網、しかも体にフィットするぴったりサイズなもんだから難しいのなんの。うっかり網目に爪が引っかかったり引っ張りすぎで歪んだりせぬかと慎重モードで固まること約15分、うう、肩が凝る。
 またこの過程で分かったのだが、一部の関節の動きにちょいと難がある。胸と腹の接合部がうまく噛み合っていないようでギチギチと音がし、非常に心臓に悪い。さすがプレデター、動かずしてダメージを食わせてくるとは。
 とはいえここまで来ると、あとはアーマーだけなのでさほど手を焼くこともない。前半を思うとほとんど鼻歌交じりで装着してゆき、最後に手槍を持たせて完成。普通の12インチより頭ひとつデカく、重さは2倍以上あろうかという存在感の塊が出来上がった。
 入手そのものより、組み上げた達成感が嬉しくて記念写真。作業台の上なので、背景が妙にマッチしたものになった。うむ、満足!
 
 いやほんと、値段だけのことはある上級品だった。残る問題はこのデカブツを、家人の目の届かないどこへ飾るか、だ。発見されたが最後、本物に出くわしたような凄惨な場面が…。


2月21日(火) 晴

 世間ではオリンピックでメダルがメダルがと喧しい。まあ100人以上も現地入りしててゼロってのは淋しいやね。しかし入賞は結構あるんだし、そもそもアスリート達に相応の活躍を期待するのなら、それなりのバックアップ体制が無いとなぁ。
 選考に関わる団体が特定選手をバッシングしてるだの、コーチや医療スタッフでもない「関係者」がぞ〜ろぞろ居るのに選手が板をワンセットしか持って行けないなどというエピソードを耳にすると、門外漢の僕でもそりゃ何なのよと思う。しかも航空会社のポカでそいつを何処かにやられちまって、ギリギリまで練習もできなかったってのは気の毒すぎるわな。応援も結構だけど、必要なのは協力じゃないのかねぇ。

 とか呟いてはいるものの、今回のオリンピックはいろいろと面白い。ことにカーリングと、新競技のスピードスケートTP(チームパシュート)が、戦略性と技術とパワーのバランスで見せる魅せる。前者については単なる的当てと思い込んでいたものだから、対戦相手のストーンをいかに弾きかつ進路妨害をするかという頭脳戦の面白さにコロッとやられてしまった。氷上ゲートボールだったんだな、実は。
 ちなみにねこまは、フィギュアスケートに燃えている。なにせ、幼少時より浪速の虎神信仰の徒でありながら当地での試合を観に行く事はついぞ無いのに、遠方はるばる旭川でのスケートイベントには泊りがけで駆けつけるほど熱を入れてるのだから、4年に1度の大祭が楽しみでない訳もないか。もっとも彼女に言わせると、各タイトルや世界選手権こそが本命であって、オリンピックはショーケースつか国際見本市みたいなもんらしいが。

 それにしてもタイガースとフィギュアの何処に共通項を置いているのやら、何年一緒に暮らしてもよく分からんな〜と思っていたのが、ヤツがここのところせっせと読んでいた本でちょっと分った。衣装や音楽に惑わされるけど、フィギュアって、どこまで行ってもやはりスポーツなのだ。
 『ブリザードアクセル(鈴木央/著、小学館)』。少年漫画でフィギュアスケートという珍しいネタで、現在4巻。田舎に埋もれていたありえないレベルの天才少年が頂点を目指すスポコン漫画、技術と体力あってこその世界として氷上の舞を描いている。
 ではあるのだけれど、このテの作品にありがちな無駄にスパルタ系のシゴキとか苛めとかいったナマグサい、読んで不快になるような描写はない。といって緊張感に欠けてはいないのが読みどころ。ハードルは難易度も高く次々に出現し、己を鍛えつつ仲間/ライバルとの切磋琢磨でそれを乗り越える過程が妙な自己陶酔に陥らず爽快に描かれている。
 もっとも、こういう点は主人公より周囲のキャラクター、ことにヒロインに見るところ多く、とにかく前向き思考の主人公は今のところ周囲に対する起爆剤&牽引役。本人の成長物語はこれからの舞台となる試験で濃い目に描かれるんじゃないかな〜と想像している。ひとクセ二癖ありまくりな脇役たちも多いので、この先どう絡んでゆくのかも楽しみだ。


2月22日(水) 曇

 早暁、猫に起こされて眠い目のまま『サム・ホーソーンの事件簿 IV(エドワード・D・ホック/著、木村二郎/訳、創元推理文庫)』を読み了える。
 トリック、ことにも不可能犯罪ものとしてみると、シリーズ序盤に比して質が落ちているのは否めないと思う。本編で謎解きが楽しめるのは、革服の男にまつわる1編のみではなかろうか。
 ただ、赤いソファのある小部屋の話は雰囲気がいいし、中途の一編に登場した老ガンマンと巻末のウエスタン・ミステリの虚無の匂いを漂わせた主人公の関係をみるのもまた愉しい。また年代順に並んでいる話の、背景で動く時代が読み取れるのも興趣深いものがある。いずれ完訳の暁には、頭っから読み直してみなくては。


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