店主酔言
書籍・映画・その他もろもろ日記

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5月2日(木) 晴
 うかうかと日を送るうちにもう5月、しかも2日である。天気も素晴らしく良いし、これは何処か遊びに行かねばならんだろう!…が、今日は仕事。しかも昨日妙に寒かったせいで風邪っぽいんである。これで明日からの休日が雨だったりしたひにゃあ、スネていじけて不良の仲間入りしてやろう。グレた中年なんて見るかげもありませんが。

 『文鳥様と私 3(今市子/著、あおばコミックス)』を読む。文鳥のコロニーの構成員の日々のドラマと、足蹴にされつつかれ餌を奪われる作者の日々。けっこう獰猛なんだな、文鳥って…と冷や汗まじりに遠目で眺める愉快さである。ただ、薄い。前2巻に比べると、厚みも内容も乏しい。あきらかに古い時期の小ネタを詰め込んで、本の形にしたという印象だ。これが最後だから、ってことなら理解できるが、続巻があるなら納得できないな。いや、それよりこの作者らしからぬと思うのだが、いかがなものだろう。
 続いて『殺さずにはいられない(オットー・ペンズラー編/高見浩・他/訳、ハヤカワ文庫)』の1を片付ける。「強迫観念」をテーマに編まれたアンソロジーで、作家の顔ぶれも錚々たるもの…なんだが、不愉快系の作品が多く、さりとて強烈に印象に残るものがない。『赤い靴(エドナ・ブキャナン)』と『犬を撃つ(デニス・ルヘイン)』が、かなり読ませてくれたほうだろうか。特に後者のかわいた哀しみは味わいぶかい。ただ、ネタと作者からもっとも興味を持っていた『リチャードの遺言(エリザベス・ジョージ)』が全く新味を欠いていたのがとにかく痛かった。いくら短編といえど『時の娘』に遥かに及ばない論証を除いたら本筋は陳腐そのもので読むところが無いんだもんなぁ。とりあえず2巻目に期待を繋ぐとしようか。

5月4日(土) 曇
 子供の頃から、ここぞという時に調子を崩すことが多い。外出直前にトイレに行きたくなったり、旅先で体調を崩したりは既に慣れっこである。慣れてるということは、別に緊張からくるものではない…と思うんだが、いまだにコレが治らない。
 で、ゴールデンウィーク2日目。お約束に風邪を引いた。おまけに前日せっせとキーボードを叩いてたせいで肩も凝ってるし、どうやら首は寝違えもしたらしい。ものすごい頭痛がして、起きることもできない。かくて終日寝倒す羽目になり、昨日の日記も書けなかった。ってこれ書いてるのが5日だから、既に一昨日なんですけどね、ええ。
 ってワケで、そこらで読んだ本の感想のみ。
 『殺さずにはいられない 2(オットー・ペンズラー編/高見浩・他/訳、ハヤカワ文庫)』
 前の巻がアレだったんで、かなり肩の力を抜いて読んでいたのだが、2本目の「スロー・バーン(エリック・ヴァン・ラストベーダー)」で卒然と目が醒めた。おおう、読ませるじゃないか!静かな怒りと哀しみ、そしてどんでん返しと結末の苦味、実に深い一編である。ローニン(浪人)が主人公の怪しいSF書いてるだけじゃなかったのかラストベーダー!
 続く「舞踏会への招待(マイケル・マローン)」が、またいい。アルレー作品を思わせるネタを、ある意味二段構えで描いて不思議なノスタルジーさえ感じさせる。また、これら2作品とジョイス・キャロル・オーツの「ヴァンパイア」を併せ読むと、違った味わいも楽しめる。そして何よりアン・ペリーの「英雄たち」は、戦場ドラマとしてはありがちな展開を暗く沈んだ情景描写で沈鬱な絵に仕上げて秀逸である。トリを飾るシェル・シルヴァスタインのユーモラスな掌編も軽やかながらぴりりと仕上がっていて、本そのものをきちんと締めくくっている。いや、絶妙でござんした。この本、1冊目は読まなくてもいいけど、2冊目は読まないと損だわ。1冊目に登場してる作家諸氏には悪いけど。恨むなら編纂者か、分冊した出版社をどうぞ。南無〜。<死んでない
 『からくりからくさ(梨木香歩/著、新潮文庫)』
 1体の人形とともに遺された家に住む、4人の女性。彼女らの生活、共通の関心事である染色と織り、そして人形の来歴と一人ひとりの身に起きる変化と葛藤。それら全てを通じて、やがて浮かび上がっていく人の世の紋様。実は壮大な物語なのに気負いなく、また激しいのにヒステリックに流れることない、膨大な知識が詰められているのに重くない、まことよく出来た「語り」である。読み了えたとき、自然に深々と息をつく自分を見出す、そういう話だった。そしてふと、そんな自分が何者かを考えさせられたりもする。己の在る場所、時、そんなものを。それらが女性たちの連綿たる繋がりによってもたらされる点から『イヴの七人の娘たち』へ記憶が飛んだりもしたけれど、まぁそれは余談。頭が加熱してるワケでもないのに一気呵成に(真面目な話、久しぶりに夜明かしして)読まされてしまう、素晴らしい本だった。
 難を言うなら「あの紋様」について、染めや織りを学ぶ人の誰も知らないというのは一種問題のような気がするけど…それを言うなぁ知ったか野郎のヤボってモンなんでしょうね。

 ところで、これ書いてて気付いたんだが、頭痛の原因ってもしかしてこれらにのめりこんで、身じろぎもせずに読んでたことと関係ありますか?<バカ

5月5日(日) 晴
 復調して爽快に目覚めた朝、寝こけている相方を残して買い物に。チャリンコで澄んだ空気の中を駆けていくのは非常に心地よい。なんか鼻の中で乾いたハナミズがぱりぱりいってますけど、とりあえず良しとして。<よくねぇ
 朝食を買って戻り、もぐもぐやりながら今日の予定に取り掛かる。ここのところ忙しくて等閑にしていた食玩の在庫整理である。まぁ、あるわあるわ、何処から沸いたのかってくらい、あっちからこっちからザワザワ出てくる。いや、全部てめぇでやってるんですけどね。まるで秋に木の実を拾い集めて片端から埋めてしまったリスのように、ガラクタの山を掘り起こしている我が身が少々情けない。いいなぁ、リスはその場で食えばいいんだものなあ…って、さらに情けない気がしますがいかがでしょうか。

 さて、今日はまた、わが相方ねこまのン十ン回目の誕生日である。内緒だが僕と同じ年の生まれである。さらに内緒だが僕が生まれたのは日本でオリンピックが行われた年で…あ、え〜、いや、何でもありません大統領。<いま背後から覗いていた
 誕生日のプレゼントは既に先日、MP3プレイヤーを買い与えてあるのだが、今日はそれと別に、人形の顔作りを依頼された。ちょっと前に、僕の模型用具と一緒に買い込んだアゾンのヘッドに目を入れてくれというのだ。
 描いてもいいんだが、ただでもゴチャついてる作業場でアクリル絵の具を掘り出すのは面倒である。そこで、フォトショップでちゃちゃっと描いたヤツを、先ごろ買っておいたタトゥシールに出力してみた。結論からいうと、あんまりヨロシクはないな、これ。まず裏紙が厚くてアタリがつけにくい。ちょっとシートを押し付けすぎると糊が飛んでしまう。被膜も弱いんで普通のデカールみたいに扱うと簡単にめくれたり破れたりする…ええ、失敗しまくりましたともさ。
 それでもとりあえず形になったので、これもキープしていたボークスのボディと組合せてみた。うむ、結構かわいい。が、首のジョイント形状が合わないので、なんか首吊りしかけて失敗したような有様である。不憫だ。しょうがないので、明日あたり何か工夫してやることにして作業終了。
 しかしねこまよ、どうでもいいが、キミの人形たちは服はとりどりだが皆裸足だのう。
 ねこま「フォトジェニック・ジェニーって合う靴が無いの」
 なんか難民キャンプみたいだぞ。
 ねこま「どうしてそう不穏なことばかり言うかねキミは」
 何を言う、君こそこないだ駅のロッカー点検してるおじさんを見て「ああやって確かめないと、いろんなモノ置いてく人がいるんだよね。赤ん坊とか、大人の一部とか」って。
 ねこま「だまらっしゃい。靴は司葉クンが作ってくれるからいいの!」
 あ、さようで…って、いつそういう話になったんだ!ウガァァァ!

 と、ギルスのように吼えたところで敵はダミアンなみに理不尽、勝ち目は無いんである。いささか強引にネタを振っておいて録画しといた『龍騎』をチェック。
 今日は面白かった。まずは人間サイドのドラマがいい。卑怯な攻撃をしてくるゾルダに堪りかねて反撃し、倒してしまった…と呆然とする主人公・真司。これは北岡たちのフェイクなんだけど、そもそもゾルダの正体レベルで勘違いしている真司は彼らの演技に乗せられ、人を守るはずの戦いで人を殺してしまったことを思い悩む。ここの描写が、いいのだ。雑踏の中、道行く人に呆然と目をやりながら呟くシーンはなかなか見せる。で、とうとうライダーを降りると宣言し、自分のモンスターに喰われる覚悟をしたところへ蓮が現れ、状況を知って…やたら喧嘩してた過去のある割には面倒見のいいやつであった。そして事実を知ったところで真司が見せたリアクションで、彼のキャラクターがやっと「ただの軽い若モン」ではないってのが確立されたように思えた。いいなぁ、この調子で行ってくれるといいなあ、去年の轍は踏まずに。
 …ま、去年の話はさておき、今日のネタでは、反撃にかり出された真司の先輩記者と北岡の「精神的ドつきあい」もなかなか面白くなってきている。つーか北岡君、キミって「好きな子をいじめたい」タイプなのかね?まぁ相手のお嬢さんもイマイチ毒気が足りなくて、いたずら描き程度で済ませてるんだから、いい勝負というところか。あと、今回また芸のあるところを見せる「吾郎ちゃん」。キミって…やっぱり…実はマグナギガなのか?(『フィギュア王』のインタビューネタ。もしマジなら、最高のモンスターって気がするぞ)
 バトルシーンのほうも、闘いをきちんと見据えて飛び込む主人公、でもまだ腕が上がってないところ、ナイトとのチームプレイが出来てきた演出といろいろあって面白かった。うん、これは来週も楽しみだなあ。去年みたいにその挙句ぺそっと終わらないといいけど。ものが龍だけに蛇の尾っぽじゃシャレにならんもんね。<だから去年のことは忘れろって

 ここまで書いて気付いたが、子供の日らしく玩具で始まり特撮に終わっているな。ま、子供らしくて大いに結構!<おとなこどもって、子供か?

5月6日(月) 晴
 連休最終日、家であれこれ片付けようと思ったのだが小用ができて街へ出ることに。こうなると貧乏性で何かと「ついで」を思い出してしまい、あっちへこっちへ寄り道三昧。結局半日を費やしてしまった。休み中にしたかったことは全て先送りである。溜まった未読本の処理とかサーバ構築とかパテ削りとか書庫の整頓とか素材のスキャナ撮りだとか3Dツールの勉強とか…うわあん!宿題が終わらないよママン!つか義務でもないのに何でそんなに趣味の幅を広げるかな僕!<何をいまさら

 借り物の『パワーパフガールズ』ビデオを鑑賞。英語版で字幕もないけど、さすがにはっきりした台詞が多く聞き取りやすい。テレビ放映で観ていなかったエピソードをじっくりと堪能。モンスター化したいじめられっ子がモンスターのままでハッピーエンドとか、何もしてない悪党をとりあえずぼかすか殴るとか、敵とはいえ知的宇宙人を生きたまま食うとか「いいんか、それで!」と叫びたくなるようなネタが多いのだけど、でも好きなんだよコレ〜。特にヒネクレがちで乱暴ちゃんなバターカップが好み。でも風呂はちゃんと入ってほしいが。
 とか言いつつ、机周りの整頓を完了し、メールを半ば処理したところで今日が終わる。休日のほうが平日より忙しいという不条理をかみしめつつ、明日は仕事だ!

5月7日(火) 晴
 「物に呼ばれる」ことが、ままある。たとえば、せかせかと歩いてる街中でふと気配を感じて振り向いた目の先、建物自体が潰れそうな駄菓子屋の店先に、以前から探してた古ゲームが埃をかぶってたり。雑然と、どこに何があるか分からないアジアングッズの店の中、意味もなくしゃがんだ瞬間に木彫のガルーダ像を見つけてしまったり。いや、こしらえてませんって。どっちも本当にあったことなのだ。
 しかし何と言っても僕の場合、本が多いんだなコレが。
 というワケで昨日は『深海蒐集人(かまたきみこ/著、朝日ソノラマ)』に呼ばれた。書店を素早く(ま、可能な限りという意味だ)通過しようとして、ふと気になった平台に、天地を逆に陳列されていたコミック。色彩の溢れ返る場所で、何故かその表紙に目が行った。
 温暖化による海面の上昇で、世界のほとんどが水没した世界…というと、類似のシチュエーションに思いが行ってしまう人も多いだろう。もちろん決して新奇な設定とはいえない。だが、この世界においては、人々はこれまでの生活が水面下に沈み朽ちてゆくのを良しとはしなかった。特殊な薬品を開発し、水への耐性をつけたそれを、いつか取り戻す日を夢見て残していったのだ。
 そして人々のほとんどが海上生活者となり、特権階級だけが残り少ない陸地に暮らす世界となった「今」。水中からそうした過去を探し出してくることを生業とするダイバーたちのひとり、ミミ。彼女が探すもの、遥かな水底から呼び起こすものたちが、それを待つ人々にさまざまな出来事を引き起こす。そう、まるで波紋のように。
 とかセンチメンタルな書き方をしたが、ミミは決してそういうウェットな(笑)性格ではない。しつこくアホな求愛を繰り返すシバ(すげぇシンパシー感じるぜぃ)にパンチと蹴りを浴びせまくり、自分が愛した者を頑ななほど真っ直ぐに信じ、敵する者には元気に啖呵を切り豪快に笑い飛ばす。それがまた、胸のすくような清涼感に満ちていて、実に心地よいのだ。
 絵柄はざっくりした印象で、躍動感に満ちている。往年の竹沢タカ子に少し似ているだろうか。いや、そんな分類はどうでもいい。ただ気持ち良く、物に、過去に「呼ばれる」同士として、ミミの活躍を眺めることができる、それだけである。思いもよらないほどの、拾い物だった。
 ただ残念なのは、どうやらこのシリーズは、この1巻をもって完結しているらしい。この「シバ」の追えないところへ去ってしまったのかなぁと、ちょいと寂しい気分になって月に向かって吠えてみようか。ミミ〜っ!カムバーック!

 ま、冗談はさておいて(目がマジ)「ネムキ」は個性的な作家が揃っていて嬉しいなぁ。波津彬子・今市子・篠原烏童だけでも幸せだったところへ、今回これだ。がしかし、本誌を買うにはちょっと勇気が要る。うむ、出会いは大事にしたいものだが、それを維持するには不断の努力が必要っつーことで。つまりコミックスを買い漁り書棚の面積を徒に消費していくと。かくて僕を呼ぶ物神の声はなおも絶ゆることないのであろう。ええい、呼ぶなら呼べ!よしや千尋の底だとて、必ずこの手にしてみせよう!カナヅチですけど!<駄目じゃんよ

5月12日(日) 曇
 週の中盤から吹き荒れたビジーの嵐が去って、ようやく穏やかな週末。このまま気持ち良くダラダラしたいものだ…と起きぬけの布団で猫をこねていたら、また腹(つーか脇の下)に腫瘍をみつけてしまった。小さいうちに切るしかあるまい、ということで、また「にゃーにゃーぶくろ」の出動日となる。
 獣医は妙に混んでいた。やたらに犬、しかも元気いっぱいなヤツが多い。妙だな〜と思ったが、春先といえば予防接種のシーズン。しかし、迫る注射の脅威なんか知らない犬たちは、みんな飼い主に寄り添って嬉しそうにエヘエヘ(犬の笑顔って、こういう感じじゃないか?)笑っている。うむ、いいなぁ可愛いなぁ。猫なんざぁ、よほど特殊な性質でもない限り、飼い主相手にのべつ幸せそうにはしてくれない。例えばこうしてバッグに入れてきたヤツなんざ、寒いと言っては文句をタレ、餌がまずいと苦情を言い、楽ちん台(ねこま命名:脇息みたいによしかかる対象のこと)たるべき人間が勝手に移動したからとパンチをくれるようなヤツだし。そして今も文句をにゃーにゃーと垂れ流し、あげく息が切れてはぁはぁ言ってるんだから手がつけられない。診療台に上げたとたん、バッグへ戻るのを阻む人間を乗り越えようとするし。既に2回も手術を受けてるんだから、新技を編み出すより避けられないと学習して欲しいもんである。
 かくして明日、早々に手術決定。連れ帰る間もにゃーにゃーぶくろは元気に鳴り響いていた。いいんかい、これで。

 帰宅後はぐったり疲れていたので、身の回りを片付けるのと出荷物(トレード品とかいろいろ)をこさえて郵便局へ持ち込むぐらいで日を終えてしまった。げに春の日の名残惜しきよ。<春に限りません

5月13日(月) 晴
 午前中ねこまが病院へ預けた猫を、夕方引き取りに行く。まるで保育園のお迎えである。毛むくじゃらの園児は迎えを喜ぶどころか「なんでこんな所へ置いて行くのよ!」と言わぬげに不平の叫びを上げていたのだが。ああ、やれやれ。
 往路、交通のツナギが悪く地下鉄駅まで30分ほど歩いたため、4.8kgの猫を担いで帰るのが結構しんどい。家に着いた時には昨日以上にボロボロになっていた。う〜む、この運動不足っぷりは深刻だよなぁ。ヒロツさんちのチャットでやむさん・TAKO'Sさんご両所が勧めてくださるとおり、自転車通勤でもすべきかも知れぬ。しかし、どうしてもJR駅近辺に立ち寄らねばならないっつーのと、帰宅途中に必ず買い物をする必要がある(しかも僕のチャリにはカゴが無い)てぇのがネックなんだよなぁ。ま、要検討っつートコですかね。
 もっとも最大の難点は、チャリで通勤路を行くと途上にホビーショップが数件あることなのかも知れぬ。ホームセンターなんかもあるしなぁ。ここはやはり、避けて通れぬ挑戦として受けるべきなのか?<避けれ

 やむさんといえば、映画『ロード・オブ・ザ・リング』のあまりの上出来に感動されて以来、「指輪の幽鬼」と化しせっせと書籍・映像の蒐集に励んでおられるのだが、過日拝見したいとお願いしたところ、こころよく了承していただき、今日我が家へ到着した。
 すげー量なんですけど。いや質も素晴らしいんだけど、amazonのデカい箱を2つ合体させて、そいつに「みっしり」詰ってるんだよね。これぞ真正の魍魎の函。膝に載せたら江戸時代の拷問ができると断言できる。つか僕なら載せられる前に喋りますが。ええもう、何でも訊いてくださいよはい。

5月14日(火) 晴
 昨日せっかく運動したのだからと、地下鉄駅と会社の間を乗り換えせずに歩く。チャット仲間の自転車志向と並ぶるに「健脚商売・御徒歩組」ってとこか。しかし案の定、足、ことにも腿のあたりが痛い。あと腰。やはり初手から気負いこんでせっせと進むのはよろしくないんだろうなぁ。少しペースを落として、今を盛りと咲く花でも眺めながらってのがいいかもしれない。
 そういえば遥か昔、近所のサトウコウタローとかハスダ兄弟(誰よ)とかと幼稚園に通っていた頃もこんな感じだったなぁ。桜の木に攀じ登って枝を揺すぶったり、そこらの犬をかまったり、蟻の巣をほじったり。で、坂の下から母親たちに「早く行きなさい!」坂の上から先生に「早くいらっしゃい!」と叫ばれていたのだが…うむうむ、年年歳歳花は変わらず、我が身ひとつはもとの身にして…って何か違ってますな。まぁいいか。
 しかしアレだ、幼稚園は遅刻しても大したことなかったけど、会社はマズいわなぁ。どうしたもんだか。<早起きは論外

 とか思いつつ帰宅したら、猫が家中にゲロを吐いていた。雅な気分(どこがよ)が一気に消し飛ぶ。中身の毛玉の色からして、どうやら共同作業らしい。ふだんは人間の膝を争って陰湿な押しのけあいをするくせに、こういう時だけ妙に足並みが揃うのは何故なんだろうなあ。いや、別に本猫(にん)たちに訊いてみたいとは思わないけどね。サキの短編の猫のように、きっとロクでもない話を優先させるだろうから。

5月15日(水) 晴
 帰宅すると宅急便の連絡票が入っていた。すぐに電話し、再配達を依頼する。届いたものは『メタルギア ソリッド』のフィギュア。発売前から予約し、楽しみに(少々怖いもの見たさもアリで)待っていたものだ。
 さっそく開封し、取り出…そうとして、てこずる。紙箱の中がブリスター状になってて、そこにテグスの太いので手・足・胴をくくりつけてあるのだ。こ、拘禁されたっすか中尉殿(誰)?ここまで過剰にせんでも、パッケだけで大概の状況には耐えられると思うんだが。しかも結び目が強固で、裏側から尖ったハサミでやっと切断。えーい面倒な。こちとらぁ箱にしまいっきりにする積んどくコレクターじゃねぇんでい。とっととナカミを見せやがれ!
 と騒ぎつつ取り出し、まずは検分。顔はちょっとイメージから外れるが、GIジョー系のブキミ君にはなってないし、コミック寄りにも走ってない。ソフビ製ってのがいいですな、プラスチックだとどうしても雰囲気がでないし。髪は一体型だが塗装もなかなか丁寧…って一気にボディから装備までレビューしようかと思ったんだが、せっかくのネタなんでアッチのサイトでやることにする。まぁ、このまま積んどくネタにならんとも限らんが。<をい
 とにかく、なかなかの出来栄えで満足できると言っておこう。かねて愛玩のハカイダー(メディコム製のヤツな)と並べて机の脇に座らせると、妙に楽しい見ものになった。いずれタバコとかレーションとかダンボールとか、こさえてみるとしようか。<手のかからんモノばかり選んでないかというツッコミ不可

5月18日(土) 曇のち雨
 週末恒例の片付け作業。あちこちに散乱した本を拾って棚に収め、掃除機をかけ、少しだけ洗濯。ついでに持ち帰り仕事なんかもやってみたりして〜…って、本来はコイツを優先すべきなんですけどね、ええ。<分かってるならやれっての
 夕方になってあらかた片付いたところで、今度は作業部屋/書斎/物置/へと場を移して以下同文。そもそも、この3つが全て12畳ぐらいのスペースに納まってる自体に無理があるんだよなぁとボヤきつつ、まずは最近めっきり遊ばなくなったスーファミソフトを箱に詰めて書棚の上へ。続いて空のダンボールをたたみ、梱包材をひとくくりにし、文庫本を整頓してスペースへ押し込む。これでかなり空間が確保できた。
 が、こういう場合の常で、ふと手にとった本に引き込まれる。特に画集や写真集の類がヤバい。後者は綺麗なコなんか見つけてしまうと、もう目が離せなくてな〜。僕の趣味から言うとちょっと毛深すぎるし高慢そうな顔つきだけど、つぶらな瞳がそれをカバーして余りある。やっぱり撮影者の腕だよなぁ、岩合光昭氏ってば最高だよ。え?何の写真って……アフガンハウンドですけどね。『ボサノバ・ドッグ』『子いぬたち』どっちも気に入りなんだよな。『ブルース・キャット』ももちろん持ってるし。あと『ネイチャーコールズ』も、普通じゃ見られない動物の姿を捉えて面白い。まぁ人間で考えるとトンデモねぇ変態本になるだろうけど。<考えるなっての

 とか馬鹿なことを考えてる夕べ、丸山動物園のオオワシ「バーサン」の訃報(17日)を聞く。推定年齢52歳、人間で言えば120歳を越えるという大記録だったそうな。園に収容されて20年も経ってからメスと判明したとか、婿入りしたダンナを嫌って喧嘩の挙句昇天させてしまったりとか、妙に雄々しいエピソードに事欠かない女傑であったが。園の入り口近くのケージが寂しくなるなぁ。まずは冥福を祈りたい。

5月19日(日) 曇時々雨
 豊平方面に新たに見つけた玩具屋へ出向くつもりだったのだが、生憎の空模様となった。チャリで出歩けないならと、今日はねこまを巻き込んで昨日の続き。ふはははは、逃がさんぞう。働け下僕っ!
 ねこま「誰・が・下・僕・か
 え、あ、いや、その、ご指示を賜ることができましたら恐悦至極でございますです〜。伏して御願い奉り御座候〜。

 まぁアレだ、さすがに2人がかりだと仕事が早い。コミックの類はきちんと揃って棚に納まった。残る問題は文庫なんだが…これは後回しにしよう。まずは作業机の周りを片さないと。
 この辺りは、目に付く端から買い漁ったガレキとかソフビとか素材とかが山になっていて、しかもそこに作りさしで目鼻どころか五体も定かでないフィギュアが散らばっているという、さながら魔窟の最奥部といったエリアだ。おおまかに分別し、かねて用意のプラ引出し(押入れで使うアレな)にガンガンと放り込んでいく。ここで手を抜くと、予定している来週からの作業にかかれない。とはいえ、光ファイバーだの砂時計セットだの、妙なものがいっぱい出てくるなあ。コレを組み合わせてああしてこうして、さらにコイツと合体させると楽しいモノが出来そうな……。
 ねこま「きりきり働け!」
 ひぃぃぃ!ご勘弁ください女王様〜!

 というワケで、労働に明け暮れた週末は終り。それにしても、本の整頓って前腕の筋肉使うのな。ダンベル運動なんぞよりよほど効果がありそうだ。スポーツクラブなんかに通ってる有閑マダム(死語)の皆さんは、せっせと家の掃除でもしたほうがよほど運動になると思うが…とか言うと、マジもんのフェミニストに撲殺されるかもしれん。そういう話は、いずれまた。<やるんかい!

5月21日(火) 曇のち晴
 帰宅途上、書店パトロール。とりたてて収穫もなく去りがてに、小学館から発売予定の『週刊 日本の天然記念物』のチラシが目に付く。昨今流行のフィギュア(しかも海洋堂製、松村しのぶ氏造型)つきのこの企画、かねて注目していたのだが、先日コジマニア仲間の某氏から先行アイテム(Be-Pal誌付録のリュウキュウヤマガメ)をいただき「買い」に心が傾きまくっていたものだ。毎週850円、全50巻、1年間の楽しみとしては悪くない…と思いつつ、まぁ本誌の内容にもよるから、つど確かめてからパラパラ買うべかな。とレジを過ぎかけて。
 フィギュアの見本を、見てしまった。
 小型の地球儀をまっぷたつにしたようなドーム型のプラケースに、数種のフィギュアが並んでいる。で、その中に…カエルが!モリアオガエルが!手足をひろげて「ぺたん」と!丸い目をして!緑色で!指先に吸盤が!うおおおお!カワエエ!
 で、ふと気付くとレジで定期購読の申し込みをしていた。おまけにニホンオオカミに惹かれてバインダー5冊セット(3,500円也)も頼んでるし。ふはははは!こういうのを世間では「駄目押し」というのだよ諸君!<威張るな

 ま、そんなこんなで、来月から家には新たなフィギュアが増えることになった。
 ただ、気になるんだが、このシリーズ「動物編」と銘打ってあるんだよな。つまり「植物編」もやるってコトっすか?その場合オマケ要素はどうするんだろう?さすがにフィギュアは無理だと思うんだけど、とすると押し花とか?<バカ

5月24日(金) 雨のち曇
 信じ難いものを見てしまった。
 日も暮れ果てて、ふと足を踏み入れた知らぬ道。
 車の通りも少なく明かりも乏しい、広さがそのまま空虚な印象。
 降りしきった雨の名残が、雲間の月の光を返す。
 それもそうして、濡れて立っていた。身の丈1メートル数十センチ、横幅もたぶん同じくらい。
 御影石だろうか、灰色がかった地色と、黒く磨き上げられたすべらかな面。存在感。ものすごい重みをもつ質感。
 茫洋とした視線を、僕の知らないどこかへ据えて。
 たれぱんだが。
 …いやほんと、自分が何を見てるのか、正直脳を疑ったね。何が信じ難いって、ちゃんと石の質感なのにたれっとした柔らかさが出てるとこ。で、さらにその周囲に数たれ見つけて夜道で大爆笑しそうになった。今度写真撮ってこよっと。

 『秘密(清水玲子/著、白泉社)』を読む。
 死んだ脳から記憶を「見る」ことが出来るようになったら…というifテクノロジーの上で、変死した人物の過去を見その真相を探る人々を、そして死者本人を描いている。ネタとしてはダーシー卿シリーズの『その目は見た』(ま、部位が違うが)で、1話目なんかまさにソレなんだけど、余韻というか情の部分でかの作品とは違った哀感がある。心を向ける対象はともに死者の思いなんだけど、それを見ることの是非から入ってるから、違って当たり前なのだけどね。主人公側の感情や心理の動きに重点を置いているので、どちらかというと技術は味付けってところだろう。
 ご都合主義やステロタイプが鼻につく向きもあるだろうが、自分の「ものの見かた」なんかにも思いが行って楽しいので、とりあえず読んで損はないと思う。ただ、単行本サイズなんで「買え」と薦めるほどの強みはないかな。

5月26日(日) 曇時々雨
 DK(というと聞こえはいいが、要は台所とテーブルが一緒くたにある部屋)の照明が壊れた。つーか紐がスッポ抜けたのだけど、コレって根本から抜けてしまうと復旧できないように作られている。スイッチ部分で電気が通るから素人には触らせたくないんだろうが、ずいぶんと不親切な作りだ。そう廉いもんじゃないのになぁ。
 とボヤきつつ札幌駅前の量販店へ出る。風邪引きのねこまがついて来たので、用件のあとは茶菓子を求めて早々にUターン。しかし、ついでにクリップ式のスタンドを買い求め、帰宅早々、本筋を外れて作業スペースへ。かねて計画していた「撮影コーナー」を作るのだ。
 モニタ類の乗った棚に背景用の布を下げ、元から持っていたものと合わせて3基のスポットライトをセット。まずは先日購入したフィギュアなんぞ撮ってみる。うむ、なかなか按配がよろしい。しかし自然色の蛍光灯を1本、普通の電球2本とライトの色に注意しなかったんで、夕焼け風の色合いに仕上がってしまった。これは今後の課題ということで、今回はフォトショで修正してみよう。
 ちなみに天井灯の代替品は、リモコンにしてみた。これで、少なくとも紐が切れる心配は無いやね。

5月27日(月) 晴
 ものごころついた頃、SFはまだ夢想の世界のものだった。ありえないテクノロジー、シチュエーション、そしてキャラクターたち。夢見る距離は果てなく遠く広がっており、そうした世界ゆえのトラブルがあって、けれど遥か彼岸のこととして、僕らはそこから安全な現実へ戻ることができた。
 けれど今や、ヒトの技術はかつての空想との距離をどんどん縮めている。またそれによって知りえた事実は遠い世界へ赴くこと(また向こうから訪れるもの)の可能性を否定する。もはや未来は無邪気に夢見ることのできる桃源郷ではなく、明日出遭うかもしれぬ忌まわしい鏡像と化してしまったのかもしれない。いや、既に僕らはそれを目にしているのではないだろうか?たとえば今、この世界のどこかの戦場で、いくさの意味を知らない者たちが、ただ先へと足を運んでいはしないか。差し込まれたプラグの抜き方はおろか、その場所さえ知らぬままで。
 というのが『90年代SF傑作選(山岸真/編、ハヤカワ文庫)』の感想。極上のパスティーシュでもある『ホームズ、最後の事件ふたたび』や、科学の中の人の心をリリカルに描く『標準ローソク』や『羊飼い衛星』、驚くべき考察?『魂はみずからの社会を選ぶ(以下略)』などは心を愉しませてくれたのだけれど、基本的に現実と重なりすぎて、読むのも辛い話が多かった。『フラッシュバック』『誕生日(マジに泣けた)』『ダンシング・オン・エア』『理解』『人間の血液に蠢く蛇』そして何よりも強烈極まりない『フローティング・ドッグズ』。軽い気持ちで読み始めた筈が抜け出せなくなる。そういう意味では力作揃いなんだけど、読後感がとにかく重苦しい。願わくば、現実が「二重写し」以上にこれらを敷衍しないで欲しいもんである。そこから戻ってくることはできないし、そこから先へも誰も行けないのだから。
 希望をもって未来を思うことができるまで、ミステリへ撤退するとしよう。世界そのものが歪み滅びていくよりは、殺人事件の現場のほうがまだのどかだもんな。
 

5月28日(火) 晴
 帰宅途上の書店パトロールで、ナショジオと『グレー・レンズマン(E・E・スミス/著、小隅黎/訳、創元文庫)』購入。SFが大らかな夢だった時代をかえりみるに好適といえよう。って、結局SFから離れられんのな>わし
 他にコミックスを2冊ゲット。
 『幻獣の國物語8(猫十字社/著、朝日ソノラマ)』
 平凡な少女(少年の場合もある)が異世界に迷い込み、選ばれし者ならんという予言の示すままに放浪し二転三転する状況に苦渋をなめつつ成長し恋人をみつけ…な〜んてお約束パターンな作品は数多くあり、本作も筋だけ追っているとその範疇に入ってしまうかもしれない。しかし、この話のヒロインに起きることは徒事ではない。悲惨というか無残というか、いっそ気分が悪くなるほど凄惨というか。つか普通、ショック死します。いやさ、そうならんところが「選ばれた」身のゆえんなんだろうが、それにしても酷いやね。
 それでも一気に読みかつ先を待ってしまうのは、やはり物語自体の魅力あってのものだろう。クラーク言うところの「極度に進んだ科学」と見える文明をはじめ、幾多の幻獣やその周囲で構成される世界観は様々なSFやファンタジーにその類型を見ることができるにもかかわらず、その組み合わせの妙あって決して寄せ集めのツギハギにはなっていない。また人間たちがいい。ここまで巻を重ねて、善と悪とか正と邪という概念のカタマリみたいなやつが1人もいないのだ。単なる戦争バカのちがいに見えた統利帝も、どうやら筋は1本通した考えの持ち主らしい。まぁ通し方が非常に偏っているが。ついでに言っとくがナッちんに触るんじゃねぇ。ナッちんは…ナッちんは…なぜ蘿がいいんだぁ畜生うぇええん<またかヨ!
 『岸辺の唄(今市子/著、集英社)』
 あえて古代中国とは語られない、いずこかの国の昔がたり。旱魃に苦しむ国のため、身代わりの生贄として捧げられ旅する少女。案内役にして護衛をつとめる男の、己にすら獏とした身の上。ヒトとともに鬼が在る世界の巡りが、やがて彼らを導く先は…という表題作と、その主人公たちを主軸に綴られる連作。
 白眉である。紗のかかったような雰囲気で、異形が違和感無く在る世界が静かに繰り述べられている様子はこの作者の常ではあるのだけれど、紡がれた想いが素直に胸に落ちてくる読後感がなんともいえない。これを描いている人が同時に文鳥たちと食事を争っているなんて…ってのは、思う方向性がズレてますな。



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