その昔、書物に至上の価値を見出していた子供時代、内容を問わず本の形をしていれば僕にとってそれは殆ど聖別されたに等しいものであった。棄てる事はおろか売ることも、犯罪一歩手前の許し難い愚行と考えていた。
もちろん今はそんなことは無い。そうすべきものは壁に叩きつけ、ゴミ箱に放り込み…は、流石にしないけれど、箱に入れて業者さんに引き取って貰うぐらいの分別はできるようになっている。
けれど、それでもなお、汚れひとつつけたくない本は存在するし、稀少な書物への憧れは残っている。本好きが嵩じて刑事から古書商になった主人公には、だから親近感を持たないほうが無理である。
『失われし書庫(ジョン・ダニング/著、宮脇孝雄/訳)』。
シリーズ3作目、すっかり今の仕事が身についた彼が、歴史の狭間に消えた本を求める一件。発端からして「騎士道精神」であり「探索行」と銘打つに相応しい展開なのだけれど、軽妙洒脱な会話と魅力あるキャラクター群、ストレートな暴力に走らない主人公の思慮が、いわゆる「正統」ながらシンプルなハードボイルドものとは一線を画している。『千夜一夜物語』しか知らなかったリチャード・バートンの知識を増やしてくれる、いつもながらの薀蓄も嬉しい。
ただ、途中で「本」の書き分けがアヤフヤになった部分があって、そこは艶消しだったけれど…殺意をもって迫る敵の影、言葉のボクシングが楽しい老婦人との旅、人と人を結ぶ思いがけない絆、そして真犯人と最後に会う物悲しい場面に至るまで、退屈とは無縁である。
さて、この本は大事に書架に収めねば。いや、似合う生地を見つけて特装本に仕立てるべきかな?
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