地中に巨大な球体を沈めて、その上に土を被せた様な盛り上がりが、シーリスの視界に入ってきた。光は、その土の盛り上がりに、横に入った亀裂の中から漏れ出している。
シーリスは、亀裂に両手を掛け、軽く押えるように引き下げた。すると、亀裂は柔らかな材料で出来ているかのように、大きく縦に口を開けた。楕円形に開いた内側は、一面の溶岩の湖だった。
灼熱の空間に、シーリスは恐れ気もなく身体を入れた。その背後で、亀裂が閉じる。
次の瞬間、溶岩の湖のそこここから炎の柱が立ち上がり、一斉にシーリスに襲い掛かった。
シーリスは、唸りを上げて突進して来る炎の柱の攻撃を、《風の竜》の力で土を集め《地の竜》で形を造った《盾》を使って防ぎながら、溶岩の湖の表面まで降下した。そして、《地の竜》の力を溶岩に注いで支配下に置く。
溶岩の湖は、シーリスの意思に反応し、その硬度を限界まで上げた。
炎の柱も動きを止め、その中の一本に亀裂が入ると、青白い《煌めき》が溢れ出した。
その《煌めき》が、《火の竜》の本体だった。
姿を現した《火の竜》に、シーリスは《風の竜》の力を放ち、動きを封じた。
煌々と輝くヴォラダイトの結晶から吹き出す青白い炎の姿の《火の竜》が、風の束縛を引き千切ろうと、激しく身もだえる。
シーリスは、《風の竜》の力で押え込みながら、暴れ回る《火の竜》から一定の距離を置いたまま、それ以上の攻撃をする気配を見せない。
《火の竜》は、シーリスが何かを仕掛ける前に束縛から抜け出そうと、一層激しく暴れ始めた。
その時、シーリスは《風の竜》の力の向きを変え、《火の竜》を押し包んでいた《風》を、いま居る巨大な空洞の内壁に突き当たるまで、拡げ得る限界の速さで膨張させた。
一気に拡がった《風》の内部の温度は、劇的に低下する。
《力》を散らされた《火の竜》が、態勢を立て直そうとした時には、シーリスの顎が、《火の竜》のヴォラダイトを咥え込んでいた。
《火の竜》の炎がシーリスの口内を焼く。しかしシーリスの牙は容赦なく食い込み、《火の竜》の結晶を砕き割った。
シーリスの体内に《火の竜》のヴォラダイトが飲み込まれ…三度目の変容が起った。
青白い炎がシーリスの身体の周囲に乱舞し、シーリスは、その《炎》を操り《風》で煽ってみて、新たな《力》の獲得を確認した。
《火の竜》がシーリスに吸収されたためか、辺りは急速に温度を下げ始めた。
地中に広がる空間を、明るい夕日の色で満たしていた溶岩の湖は流動性を失くし、その表面のいたるところで、焼け焦げた岩が冷え固まってゆく。
たちまち、周囲は赤黒い闇に包まれ、《火の竜》の《力》を得たシーリスのみ、身にまとった《炎》に照らされるだけになった。
その時。
自分の《力》を試していたシーリスに向かって、強烈な《光》が放たれた。
シーリスの身体の、《光》を浴びた部分が、一瞬で凍り付き、砕けた。
「なんで止めないんだ!」
「それが《神》の意向だったからだよ、ルーン」
ルーンが顔を上げると、結晶細工の師匠の顔が…やはり首から上だけが…あった。
「神の、意向?」
「四頭の竜たちは、ヴォラド神が遣わしたもの。神は四頭の竜に、《悪意》の、これ以上の拡がりを抑えるため、竜たちに、《悪意》の樹だけでなく、その周囲の全てを含めての、完全な消滅を命じられた」
「そんな…」
「しかし神は、封印の内側に閉じ込めた生き物たちを、できるだけ救おうとも思われた…私たちが今ここにいるのは、神の慈悲の賜物なのだよ、ルーン」
ルーンは、師匠の「神の慈悲の賜物」と言った口調に、違和感を感じた。師匠の声には、押え切れない怒りが込められていたのだ。
「師匠…神に怒ってらっしゃるのですか?」
「あぁ、やはり隠す事はできんか…そう、私たちは神の為さりように憤りを覚えてしまった。そして、私たちの憤りを神に知らしめようと計画した。そのために、私は」
「翼を持つ怪物を創り出して…わたしを、掠わせた」
口を閉じた師匠の言葉を、アイシスが続ける。
「ルーンとアイシス、二人の《力》が必要だった…結晶細工への、類い稀なる《力》が、な」
師匠は、アイシスの言葉を受けて口を開く。
「掠われたわたしは、《悪意》の樹に取り込まれ…」
更にまた、アイシスが話す。
ルーンは言葉もなく、二人が交互に話す様子を眺めるしかなかった。
「我々と同じく、《地の竜》の中に用意されていた《一時保管器》…つまり、我々が今いる場所に、アイシスの《心》も移送された」
「そうして、わたしはお師匠様や王様たちから計画を聞かされて賛同し、《竜精》シーリスを創り出したの」
「我々はシーリスを送り出し…」
「あとはルーンが知っている通り、と言うわけ」
「…」
「? どうしたの、ルーン」
顔の前でアイシスが右手をひらひらと動かし、ルーンの目を覗き込む。そのアイシスの手をルーンの手が掴み、ルーンはアイシスと師匠の顔を見つめながら、口を開いた。
「ごめん…でも、訊きたい。ふたりとも、本当に本物なの?」
「ルーン?」
「…なるほど。確かに『本物か?』と問われると、答えに困るな」
思いがけないルーンの問いかけに、アイシスの瞳は哀しげに曇り、師匠は、口元に微かに苦笑を浮かべて、そう言った。
闇に沈み行く地中の空間に、純白の光線が錯綜し、壁面を照らす。
その《冷光》は、四方八方からシーリスを目がけて照射されていた。
周囲の壁面は、いつのまにか氷の膜に覆われていて、《冷光》は、その氷に反射して、シーリスの全身に突き刺さって来る。
シーリスは《地》と《風》で再度《盾》を創って全身を覆い、《冷光》を防いだ。しかし《冷光》に当たった部分は瞬く間に損耗し、シーリスは、《盾》の維持に《力》の大半を割くしかなかった。
ゆっくりと、飛翔する高度が落ちる。
ほどなく、展開した《盾》の底が、氷原と化した溶岩の湖の表面に接触した。その衝撃で、内側で支えていたシーリスの腕から《盾》が外れる。
氷原を削り、破片をまき散らしながら、球形の《盾》が跳ね回り、シーリスもまた、《盾》の中で跳ね回った。
氷原の盛り上がりに当たって止まった《盾》に《冷光》が集中する。凍て付き崩壊した《盾》の破片が飛び散っては、《冷光》の中で消滅してゆく。
唐突に、《冷光》の照射が止まった。
照射地点は、《冷光》に削られて鏡のように磨かれた窪地になっていた。そこに、シーリスの姿は見当たらない。
突然、窪地の中央が白熱化し、炎の柱が空中へと伸び上がった。
《冷光》の照射が再開され、炎の柱に殺到する。灼熱の溶岩は、一瞬で熱を奪われて崩落してゆく。あっという間に、炎の柱は黒い土塊に変わり、何ヶ所かが折れ砕けて土の山に戻ってしまった。
この炎の柱は、時間稼ぎと同時に、《冷光》の照射元を特定するための囮だった。
《地》と《火》の《力》を使い、氷原の底に逃れていたシーリスは、何度か炎の柱を立ち上げては《冷光》を観察した。
シーリスは、《冷光》の照射に一つの特徴がある事に気付いた。それを確かめるために、更に何度か炎の柱を立ち上げてみる。
《冷光》は、一度に複数の方向から照射されるものではなく、どうやら一本の《光》が、何度も反射しては攻撃を繰り返すもの、に見えた。
それを確認するために、シーリスは、炎の柱ではなく、中空の土の柱を立ち上げてみた。
《冷光》は、それまでと同様に、土の柱を凍らせては砕くことを繰り返し、やがて、柱の壁に穴を開けた。
穴から柱の内側に《冷光》は入り込み…人の心臓が一打ちする程の後、柱は中から崩され、《冷光》も飛び去った。
その様子を見たシーリスは、今度は氷原の下に、作り得る限界まで拡げた球状の空間を穿った。そして、氷原を盛り上げる。
間髪を容れず、盛り上がった氷原に《冷光》が殺到した。
《冷光》は氷原を削り…その下に穿たれていた空洞へと吸い込まれる。
球状の空間の内側で、《冷光》は反射を繰り返しながら壁面を削る。しかし氷原の底は、どこまで削っても土が続いている。《冷光》は、空洞の上方に出口を開けるまで、その内側で反射し続けることになった。
氷原の上に飛び出たシーリスは、氷原に突き刺さっている《冷光》に注意を払いつつ、その照射元へと急いだ。
《冷光》は、空中に光の糸を張り巡らせたように、氷結した壁面に何度か反射しながら、この空間の中心から発せられている。
そこには、巨大な氷の中に閉じ込められた、《悪意》の大樹があった。そして《冷光》は、氷の頂上に座しているヴォラダイトの結晶から伸び出ていた。
その結晶が、最後に残った《水の竜》の核であり、そこから迸る《冷光》は《水の竜》の身体だった。
シーリスは飛翔の勢いを殺さないまま、《水の竜》の結晶に襲い掛かると、その牙で噛み砕いた。
つづく