果ての谷 始まりの地 〜ガラン異聞〜 
《イシリウスの章》#1 / #2 / #3 / #4 / #5 / #6 / #7 / #8 / #9 / #10[完結]  [上]に戻る

 石積みの壁が崩れ、歪な形の巨大な何かが、瓦礫を押し退けて姿を見せた。
「ここにも居たのか…」
 絶望感が全身を締めつけ、オーデは現われた怪物から目が離せないまま、立ちつくした。
 その無防備な姿に向かって、怪物がゆっくりと近づいてゆく。

 周囲の街並みからは、生き残った人々の悲鳴や、怪物が蠢く異音が聞こえていた。

 オーデは、死を覚悟した。

 そこに。
 天空から光の槍が降り注いだ。

 光は、オーデの眼前に迫っていた怪物を貫いた。
 一瞬の後。
 怪物は、跡形もなく消え失せていた。

 人々は、茫然と頭上を見上げた。
 蒼穹の只中に、輝く翼を広げた何かが浮かび、人々を見つめていた。

『我は《竜》。神より、ル=ア=イシリウスの名を受けし者』
 空中から、そう名乗る声が響いた。
 そして、見つめる人々の前で、《竜》は人へと姿を変え、地上へと舞い降りた。

 周囲に集まった人々を見回し、ル=ア=イシリウスは言った。
「私と共に、世界を脅かす怪物と戦って欲しい。私は、そのための《力》を、神より授かったのです」

 ***

 こうして《竜の力》を得た人々は《森の竜》を名乗り、世界を巡っては怪物を倒す、世界の守護者となった。

 やがて《森の竜》は、彼らを讃え崇める人々と共に、《神の衝立》の内側の、結晶樹の麓にある《楽園》に国を作り、《始まりの地》と名付けた。

 ***

「ヴォラド?」
 一方の結晶樹の根元に造られた、ヴォラド神を奉る神殿の最奥で、神官長となったル=ア=イシリウスは神に問いかけた。
 その視線の先には、結晶の中に取り込まれた人々の姿があった。
 結晶の中の人々は、全員が《森の竜》であり、怪物との戦いで深い傷を負い、神の癒しを求めて神殿に来た者たちだった。

『…人とは、不思議なものだな』

 独り言のような神の言葉。
「ヴォラド?」

『我や汝、自身や他人への崇拝や信奉、反発や憎悪。相矛盾する思いを、誰もが多かれ少なかれ抱えている。不思議で、それ故に興味深い…』

「ヴォラド」

『崇拝と…憎悪と…』

                             《イシリウスの章》 おわり 

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