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8 温室の蜘蛛の糸 

 石原藤夫・金子隆一『軌道エレベータ −宇宙へ架ける橋−』裳華堂 のP132〜P133に、月と地球の軌道環と、その二つの軌道環を結ぶ軌道間橋の構想が記されています。

 ブライアン・W・オールディス『地球の長い午後』ハヤカワ文庫SF のP25〜P26に…

 ***(以下、引用)
 それは地球からさらに遠のくとともに、地球の衛星としての役割を捨て、地球と太陽を他の二頂点とする巨大な天体の三角形をつくって、トロヤ群のような位置で運行する独立した惑星となった。
 (略)
 二つの世界のあいだにまたがる空間には、それらをつなぎとめるように、無数の糸が漂っていた。その上を、強大無比な植物の宇宙飛行士ツナワタリが、地球と月に網をかぶせて気ままに往復していた。
 ***(以上、引用)

…という描写があります。

 ある日、わたしの中で、この二つが結びつきました。

 それは、軌道環と軌道間橋が造られたとして、その維持・補修・改修はどうなるのだろう、という曖昧模糊とした想像から始まり。
 巨大な構造物の状態の絶えざる管理は、可能な限り自動化される(せざるを得ない)のではないか、と考え。その維持管理機構が極めて良く・頑健に出来ていて、百年単位ではなく千年〜万年単位で、それらの構造物や維持管理機構自身を、移り変わる環境に合わせて改修・変更しながら維持し続けたとしたら。
 月が、地球と太陽のラグランジュ点のひとつへと離れてゆく間も、維持管理機構は軌道間橋を延長して対応し。

 そうして、有為転変の末に『地球の長い午後』の状況になった、と考えられなくもないのではないか、と。

地球と月の軌道環を結ぶ軌道間橋
 図1 地球と月の軌道環を結ぶ軌道間橋

 高度数百キロ程度の軌道環と、それを結ぶ軌道間橋の図です。スペース・ファウンテン方式により、構造を維持します。軌道環の円の接線上に軌道間橋は造られることになると思います。

温室の蜘蛛の糸
 図2 温室の蜘蛛の糸

 [温室の蜘蛛の糸]は、直線ではなく、地球の公転軌道の六分の一の弧を描くことになるのではないか、と考えます。地球や月と同じ軌道上でなければ、太陽に対する公転速度が違ってくるため、大変な応力がかかることになるから、です。
 如何なる変遷を辿って図1から図2に至るのか、は想定していません(爆)。下手をすると地球よりも重い可能性が大の[温室の蜘蛛の糸]が、その原材料をどこから得たのか、地球や月を使わなかったのは何故か、等々、空想の余地があり過ぎますので。

 図2では月を地球と太陽のラグランジュ点のL4に据えていますが、これはL5かもしれません。『地球の長い午後』の記述からは、私には特定できません…天体物理学の知識もないので、推測もできません。


 2011.03.15 追記

 ブライアン・W・オールディス『地球の長い午後』ハヤカワ文庫SF を読み返しました。

 地球から見た月の様子、と思われる描写がありました。

 ***(以下、引用)
 眼の届くかぎり、ケーブルはそりかえった細い指のように〈天〉を指し示して、何本も密林から斜めに空へのぼっていた。太陽の光線をうけて、輝いている部分もある。その方向に、銀色の半円が、遠く冷たくうかんでいるのが、眼もくらむようなこの陽光の中でもはっきりと見えた。
 半月が、その空の一角から動いたことはなかった。
 (P25)
 ***(以上、引用)

 同じく、月から見た地球の様子、と思われる描写もありました。

 ***(以下、引用)
 太陽の輝きは変わりないが、空は暴苺(アバレイチゴ)みたいに濃紺一色だった。その一角に輝く巨大な半球には、緑や青や白の筋がたくさん通っている。リリヨーには、それがかつて自分の住んでいたところだとは思いもよらなかった。数えきれぬ幻のような糸が、それにむかってのびている。もっと近いところでは、それは日の光をうけてきらめき、空を縦横にたちきっている。その上で、ツナワタリが雲のように、体をのんびりとふくらましていた。
 (P46〜P47)
 ***(以上、引用)

 …前述の通り、地球と月の距離は、この物語世界では三十八万キロではなく一億五千万キロと考えられます。
 にもかかわらず、引用した描写からすると、月と地球の、互いから相手を見たときの大きさは、三十八万キロの頃と大差ない感じに思われます。

 作品内の描写は作品内世界での事実(つまり[作者の誤謬]という解釈は不可)という前提で、では、この描写に合致する状況設定は? と考えると…

 ・地球や月が、何らかの要因で、とてつもなく巨大化している。

 ・地球や月の寸法は変わっていないが、描写に合致する、何らかの「巨大な事物」が、互いから見た相手の位置に存在している。

 …のどちらか、になるのではないかと思われます。

 私は後者の説に思いを馳せました(前者の説は、芦奈野ひとし『カブのイサキ』講談社 という作品があったりしますし)。

 で。
 見かけの大きさは相互距離に反比例しますから、現実の現在と同程度の大きさに互いが見えているとすると、月と地球の位置には、それぞれの約390倍の大きさの「巨大な事物」が存在している、という想定になるでしょう。

 では、それはどんな「巨大な事物」なのか。

 思いついたのは[ツナワタリの出す糸で編まれた球殻]でした。
 作品内の描写で、太陽や月や地球やツナワタリの糸は、特に何かに遮られたりすることなく見えることが判るので、不透明な・太陽光を遮断・反射する程度の密度を持った球殻は不適当です。なので、それは太陽光を遮らない程度の粗い網構造の球殻ではないか、となります。それを遠方から見れば、不透明〜半透明な球、な感じで。

 しかし、そんな巨大な球状に、なぜツナワタリの糸は張り巡らされたのか、が新たな疑問として浮かびました。

 ***

 以降は『地球の長い午後』の結末部分について、いわゆる「ネタバレ」を含んだ言及になります。なので、記述を別ページに分けました。
 ご注意ください。

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 8 温室の蜘蛛の糸 (続)