ゴジラ 幻視像  [上]に戻る

 漆黒の海底。ありとあらゆる、人類の吐き捨てた事物が堆積する、知られざる吹き溜り。
 昨今は、放射性廃棄物に加えて、化学、生物学、微小工学、等の廃棄物が多くなっていた。

 その、人類の負の廃棄物が蓄積された深淵の底に、蠢く異形の影たちが在った。

 閃光と激震。

 脈動する影の中から一体の「ゆらめき」が別れ、海面に向けて上昇してゆく。

 衛星軌道上から降下しつつあった無人の軌道往還船が、海上に現れた影から放たれた光の柱に射貫かれ、消滅した。

 人類は、地球の衛星軌道上と月面に大規模な恒久基地を建造し、太陽系全域への進出・展開を目標に掲げて、まずは本格的な月開発に取り掛かろうとしていた。

 日本全域に天変地異が頻発する。
 異常気象、火山活動の活性化、地殻変動。

 地殻内部を走る、異常なエネルギー偏差。
 日本海溝の淵に潜水し、異常なエネルギーの焦点を調査した無人機が、異形の影を見出した後、消滅する。
 無人機の母船も、海底から浮上してきた異形の影に襲撃されている様子を、切れ切れの通信で伝えていたが、すぐに通信は中断され、消息を絶った。

 影はゴジラと命名される。

 ゴジラの日本上陸。

 上陸したゴジラの姿は朧にゆらぎ、どんな撮影手段にも、明確な形を把握させない。
 肉眼では、漆黒の表皮の奥底から、時折、虹色の稲妻のような輝きが湧き出て、ゴジラの体表を一瞬、彩っては消える様子が見えている。

 現代兵器とゴジラの戦い。
 ゴジラの肉体の強靭さや、ゴジラが身にまとう電磁障壁に阻まれ、人類が保有する戦争の道具の威力は、無効か、せいぜい行動を規制する以上の効果しかない。

 ゴジラは、湾岸の火力発電所を破壊しつつ上陸し、その後は電力の流れを追うように移動してゆく。
 ゴジラが発する強力な電磁波は、現代社会を支える電子機器を次々と崩壊させる。
 人々は情報源を失い、右往左往する。

 ゴジラから逃げる人々。逆に、後を追う人々。

 文明の象徴である電気の灯火が消え闇に沈む都市の中を、燐光をまとった闇色の怪物が進んで行く。
 ゴジラの肉体は、周囲にある道路の舗装や建物を取り込んでは土塊に戻す活動を、常時行っていた。
 ゴジラが進む先には、原子力発電所がある。

 急遽、ゴジラを退治するための防衛隊が編成される。
 防衛隊は、あらゆるツテ/コネクションを辿り、ゴジラに有効と思われる攻撃装置を開発し、出動させる。

 光学兵器を使った冷凍攻撃。ゴジラの外皮が凍結し、崩壊する。
 しかし、ゴジラは驚異的な肉体再生能力を発現させ、復活した。
 復活後のゴジラは、肉体のバランスが激変し、それまでの鈍重な動きとは対照的な、圧倒的な機動力で攻撃を回避する力を発揮して光学兵器に肉迫、破壊する。

 電磁的な誘導装置。
 有効な傷こそ与えられないが、防衛隊は、通常兵器での攻撃を交えながら、ゴジラを富士山麓へと誘導することに成功する。そこには、電磁的な捕縛装置が用意されていた。
 可搬型核融合炉の大電力で、捕縛装置が全力運転を始める。ゴジラは束縛を打ち破るべく、全身を震わせて雷球を発する。次々と過負荷になり、捕縛装置の効力が失われて行く。
 その時。
 天空から、ゴジラに襲来する、人工の流星。それは、地球の衛星軌道上の超電磁ランチャーから射出された、現代の超長距離砲の弾丸だった。

 地球の衛星軌道上の超電磁ランチャー…本来はスペースガード用の投射器で、有人宇宙船(軌道往還機)や、無人/半自律/遠隔操作式ロボットロケットの射出を担当する。将来的に、地球への脅威になる彗星や小惑星の強制軌道変更装備(粉砕目的の核融合ミサイル)の投射を行う機能を盛り込まれて建造されていた。

 一撃、二撃、三撃。
 精密に計算された、圧倒的な運動エネルギー弾が打ち当たり、ゴジラの肉体を粉砕する。
 ゴジラは、体奥から白熱するプラズマの奔流を生成し、天から降り注ぐ人工の流星に叩き付ける。

 天変地異。そして大噴火。
 沸き立つ灼熱の溶岩の中で、ゴジラの影が消滅して行く。

 深海の深淵に蠢く影は、脈動を続けている。
                                     おわり

 [上]に戻る